狐の学者クラフトの話 終
- crimson1117 & chome_17
- 2019年1月4日
- 読了時間: 11分
少女の欠けた帰り道は、皆無言だった。 ずっと仲の良かったアルトは、誰よりも険しい顔で先頭を歩いている。
そう言えば、この少年の正体は何者なのだろうか。 霊能結果も頼りにならないとなると、酒飲みオッドの"黒判定"、雑貨屋マリの"白判定"も疑わしくなってくる。 占い師を騙っているアルトかマリのどちらかが人狼であることは間違いなさそうだが、果たしてどちらが――?
そして元々3匹居たという人狼が、少なくとも今日1匹処刑された。 残りの頭数は不明なままだが、自棄になって暴れたりする可能性は無いのだろうか。 そんな思案を巡らせていると、アルトの家に辿り着いた。
「…クラフトさん。いい?」
名を呼ばれつい身構えるが、考えてみれば今日アルトに白判定を貰ったではないか。 仮に彼が人狼だとしても、無惨に襲われることもない。 そう判断し、他の面々に別れを告げて少年の家に入った。
「急に、ごめん。 なんか、誰かと話したくて」
構わない、と言ったは良いが話は続かない。 リーアを処刑した後味の悪さもあって、クラフトからは声を掛けられずに居た。
「僕さ。もう、解らないんだ。 誰を信じればいいか。 何を信じればいいか。 何が真実で、嘘なのか。
――本当は、怖いんだ。 正直な話、僕や…リーアにまで、処刑の手が伸びてくるなんて……思いもしなかったから」
「…それは」
「解ってる、解ってるよ。 クラフトさんも、投票した誰かも悪くない。 解ってる…」
吐き出すようにそう言うと、少年は震えだした。 お世辞にも気が利くとは言えないクラフトは、目についた毛布を手渡すのが精一杯だった。 暫くして震えが収まると、ハッキリとした口調でアルトが言う。
「…ありがとう、クラフトさん。 話聞いてもらえて、スッキリした」 「すまん。 何も出来なくて」 「そんなことない。 クラフトさんに、皆救われてるよ」 「オレはその…口下手だし」
モゴモゴと告げると、少年は笑った。
「何も議論に貢献するだけが村人の在り方じゃないでしょ。 少なくとも、僕はそう思うよ」
そう言われると、何も言い返せない。 その後も少しだけ話をしてから、クラフトは家を出た。
*・*・*
オレは、役に立てているのだろうか。 暗い夜道を1人、考える。
確かに、処刑をする人間としては必要とされているだろう。 しかし、アルトが言っているのはそういうことでもなさそうだ。
今日したことといえば、相槌を打ったり首を捻ったり男爵の菓子をつまんだりした事くらいだ。 ひとつやふたつ、何か言ったかもしれないが大したことは言ってない。 そんなオレでも、役に立てている――?
ああ、こういう時にヘルが居てくれたら。 賑やかで煩くて無鉄砲な"相棒"。 彼の明るさに、今までどれだけ救われただろう。
オレはアイツにはなれない。
その事実が、堪らなく歯痒い。 普段であればそんな"考えてもどうしようもならないこと"は考えないタイプなのだが、数日の疲労が蓄積しているらしい。 どこか冷静に自己分析していると、自分の家が見えてきた。
*・*・*・*・*
翌朝。 朝日と共に起床すると、日課の鍛練を済ませ宿屋へ向かう。 今日もリンには占われずに済んだらしい。
宿屋『ライアン』に向かう途中、リヒターと鉢合わせた。
「お早う」 「お早うでござる」
挨拶代わりに菓子を手渡され、頬張る。 慣れない話し合いで脳が糖分を欲しているからか、普段のように胸焼けがしたりはしない。
「昨夜はアルト殿と如何様な話を?」 「大したことではない。 …リーアが処刑されて、参ってるようだった」 「む…そうか。致し方ないでござるな」
そう答えると、リヒター自身も団子を頬張る。 普段であれば、リーアが『歩きながら団子なんか食べないの!』と声を掛けてきそうなものだが。
だが、リーアはもう居ない。 処刑した"感触"は今でも残っているが、それだけで何かがせり上げてくるほど柔ではない。 それが幸か不幸かなど、クラフトにとってはどうでもいい事だった。
*・*・*
「占い結果を発表します。男爵リヒター様は人間でした」 「…リンさん、貴女こそ人狼だ。いい加減嘘つくのやめたらどう?」
アルトは今日は対抗占い師のリンを占ったらしい。 まあ、彼が仮に狂人だとしたら、自分が偽物だとアピールする絶好の機械ではあるか。
「う、うーん…これは、どうしたものでしょう」 「ってことは、アルト殿が真の場合はマリ殿は狂人ということでござるかな」 「確かに、狂人が潜伏する例は余り多くないですし…そうなるかと思います…」
マリの"真"は切って考える。 それは、彼女を処刑した翌日の話で決まったことだった。
状況を整理しよう。 現在の生存者は、シスターのリン、少年のアルト、ならず者のエル、花屋のメル、司書のカエデ、男爵のリヒター、そしてクラフト。
その内リンは占い師、エルは共有者。 狩人の所在および生死は不明。 そしてリンに"白判定"を貰ったカエデとリヒターは村人確定。
よって、アルト以外で人狼の可能性があるのはメル。しかし、彼女が村人である可能性も排除できない。
手元のメモにまとめると、幾分か頭がスッキリした。
カエデによると、人狼は村人と同じ数になると残りの村人を食い殺し次の村へ向かうらしい。 現在の生存者は7名、人狼は1匹ないし2匹。
どちらに"つく"方が正しいのだろうか――。
――"正しい"?
正しさなど、どこにあるのだろう。 毎日人を殺す話し合いをし、日の入りとともに処刑する。
正しさなど、どこにもないのではないか。 そこまで考えると、向かいに座っていたメルに声を掛けられる。
「クラフトさん。 クラフトさんは、リンさんとアルトくん、どちらが本物だと思いますか?」 「…何故オレに?」 「ほら、私、アルトくんには白判定を貰ってるので… どうしても判断が甘くなっちゃいそうで。 って言っても、クラフトさんも同じでしたね」
うっかりしてました、と呟いてオレからは視線を外す。
読めない。 もともと女心の類いには疎いオレだが、メルの本性は読めない。
その後もずっと彼女の事を気に掛けて見ていたが、最後まで何者なのかは解らないままだった。
*・*・*
「そろそろ、投票の時間でござるな」
リヒターが言うと、皆が目を伏せる。 誰だって投票などしたくない。 しかし、しなければ前に進めないのだ。 黙りこくった皆にエルが用紙を配る。
今日の投票は、誰にしようか。 やはり、リンには投票したくない。頭で解っていても、"そういう"生き残り方はしたくなかった。
となると、アルトかメルがラストウルフ――最後の人狼であることに賭けて投票するしかない。 両方が人狼である可能性も、決して低くはないが。 いよいよリンの占い先が減っている現状、それくらいしか生き残りの道はないように思える。
メルを再度ちらりと見たが、投票用紙を悩ましげに睨んでいる。 一方のアルトは、既に記入を終えエルに手渡しているところだった。
オレは誰に投票すべきなのか。 考えても正解は出ないが、答えの出ないままに『その名前』を書き込んだ。
*・*・*
「今日の処刑先は――メルさん、です」
エルがそう告げると、メルは驚いた風でもなく頷いた。
「そうですか。解りました。 では、お願いします」
読めない。 昼間からそうだったが、いよいよ我慢の限界だった。
「メル。 オレはお前に投票した。何故、抵抗しない」 「そんな気はしてました。 ずっと、私の方を気に掛けてらしたから」
やはり、向こうも此方を見ていたらしい。 演技の類いが苦手なオレの視線は、さぞ解りやすかったことだろう。
「怖くないのか?」
触れてはいけない問だと思いながらも、訊かずには居れなかった。 リヒターに袖を引っ張られるが、目線で答えを待つ。 メルは宙を見て思案した後、此方を向きゆっくりと、だがハッキリと断言した。
「怖いです。 でも、村人側の勝利を信じてますから。 私が死んでも、きっと大丈夫だって。 だから、安心して逝けます」
そう言うと、儚げに微笑んだ。 数日前の朝と同じように。
「お願いします、クラフトさん。 私の決心が揺らぐ前に」
何の決心なのかは、訊かなかった。 否、訊けなかったという方が正しい。
そうして、強くも儚い花屋メルの処刑は行われた。
*・*・*・*・*
「クラフトさん。いい?」
剣の整備をしていると、アルトに声を掛けられた。 また帰りに家に寄って欲しいとのことだ。
いつもの面々に別れを告げ、昨夜と同じようにアルトの家に入ると、開口一番。
「クラフトさん、狐でしょ」
正体を言い当てられた。
「…何を言って」 「僕やマリさんに占われてからずっと見てたけど、余りにも演技が下手すぎるんだもの」 「…………」
そう言われては何も言い返せない。 証拠はないはずなのに、己の偽を明らかしてまでオレに言い寄る"自称"占い師は、冷酷に笑った。
「演技派の僕が生き残らなきゃいけないのに、クラフトさんのせいで全滅したらどうしてくれるの?」 「それは…」 「リーアも可哀想だな。こんな狐のことまで気遣ってさ。 最初の日の夜、覚えてる? 『呪殺されたら、苦しいのかな』って言ってたよ」
覚えている。 忘れられる筈もない、たった数日前の会話なのだから。 普段より饒舌なアルトは、リーアの写真立てに向かって言う。
「最愛のリーア。 …もう居ないけど、彼女の為に負けるわけにはいかないんだ」
だから、とアルトは続ける。
「今日はリンさんに耳打ちしたんだ。クラフトさんを占えばいいよって。 呪殺を出したら皆信じてくれるよって。 まぁ、疑いの眼差しを返されただけだけどね」 「何…?」 「折角ここまで生き延びられてたのに、ごめんね? 遺言があるなら聞くけど、何かある?」
リンが言われた通りに占うとは限らない。 しかし、既に占い先の候補として残っているのはクラフトとアルトだけなのだ。 今日が命日になる可能性だって十分にある。
「遺言は…」
考えている間も、アルトは遠慮なく此方を観察している。 一挙手一投足まで観察しているのだろう。冷たい目線だ。
「すまぬ、と。 そう、伝えてくれ」
ふーん、と呟くと、アルトは興味も無さげに言った。
「もしクラフトさんが"溶けて"たら、リンさんから皆に伝えてもらうよ。 ま、僕は僕で破綻しないようにするだけだけどね」
どういう意味だ、と問い質そうとするが、家の外に追いやられる。 おやすみ、と一方的に告げられ戸を閉められると、残ったのは闇夜の静寂だけだった。
*・*・*・
自分の家に着いてからも、アルトの言葉が、脳内をぐるぐると回る。 明らかに様子がいつもとは違っていた。 そう、それはきっと"敵"だと見なしたからだろう。
しかし、昨夜の様子も演技には見えなかった。 仲の良かった少女を失って震えていた小さな少年が、今日になって敵意を露にする理由。
考えるのが得意ではないクラフトは、きっと彼も疲れているのだろうと思考を諦めた。
そう、今更考えたところで何になると言うのだ。 恐らくは今夜、占われて死亡すると言うのに。
自分が狐だと懺悔する遺言書でも書こうかと思ったが、アルトの言葉を思い出して辞める。 確かに、狐が自己の存在を村に報せることは、狼側にとっては不利益しかない。 フェアではないな、と他人事ながらに考えていると。
それは突然に始まり、終わった。
*・*・*・*・*・*・*
「…ラフト殿、クラフト殿…!」
誰かに呼ばれ、目を覚ますとそこは青みがかった世界。 声の主を見ると、それはリヒターだった。
「…リヒター?」 「おお、呼んでも返事をせぬから皆心配しておったぞ」 「……皆?」
見渡すと、其処には驚きの光景が広がっていた。 処刑したはずのメルにリーア、そして襲撃死したはずのルークやアレフ大佐まで居るではないか。
「…ここは?」 「ふむ、拙者も先ほど気が付いたら此処に来てたのだが、どうやら死後の世界らしい」
まさか。 そうは思ったが、口に出す前に質問責めにされる。
「ねえ、2人来たってことは呪殺が起きたってことだよね!?」 「どっちの兄ちゃんが狐だい?憎いね~このこの~」
見てみると、村の16人のうち、生存者およびサンジとルカ以外の全員が揃っていた。 懐かしさと嬉しさに、つい口元が緩む。 隣を見ると、リヒターも同じようだった。
*・*・*
「…いやはや、アルト殿にはしてやられたでござる」
狐の正体を明かすと、自ずと"内訳"がわかってくる。 墓下の青い世界で仲間の黙秘を続けていたらしかったリーアも、今ではラストウルフにしてブレインウルフのアルトの自慢話をしている。
「ほんと、私アルトくんとリーアちゃんに騙されっぱなしでした」
ほぼ同時に墓入りしたメルも話に加わると、リヒターがお茶菓子を渡す。 彼のお菓子ポケットも健在のようだ。
ありがとうございますと茶菓子を頬張る彼女は、村人だったらしい。 オレもメルに騙されていた、というわけだ。
今日は議論の最終日。 地上では、アルトvsリンの構図を共有者のエルとカエデが見守り、議論している。 リヒターを占い呪殺したと主張するアルトと、クラフトを占い呪殺したと主張するリン。 それを票を握る2人が聞き、時に疑問を投げ掛ける。
墓下からは、時に声援が、時に談笑が起きている。 いい村だ、とクラフトは感じていた。
またこのような村に生まれ落ちられるなら、この"ゲーム"も悪くない。 そう思いながら、話の輪に加わった。
fin.
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