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狐の学者クラフトの話 弐

「えっと、整理すると…」


仕事柄"書記"を引き受けたカエデが、おずおずと話し出す。

「私たち、人狼や占い師について話し合ってたんです。そしたらお二方が占い師だと名乗り出て、それを見ていたリーアさんが、『アルトくんも占い師だもん!』と…」


「ふむ…」


サンジの不在報告を受けた後に、状況の整理をするアレフ。 さすがは大佐、始終落ち着いて話を聞いている。


「占い師や人狼の話もいいが、狐はどういう存在なんだ?」

堪えきれずカエデに訊くと、一斉に注目を浴びる。 普段無口な分喋るだけでこのザマだ、もう少し口下手は治さないといけないな…。

「はい、えっと… 狐さんは狼さんに襲撃されても死にません。その代わり占い師に占われると死んでしまいます。 それを文献では"呪殺"と呼んでいた気がします…」

呪殺。 つまり、オレは占われると死ぬ可能性が高いわけだ。 あのリアリティーのありすぎる夢は、流石に嘘だとは言い切れない。 冷や汗が背中をつたう。

「ってことは、占い師さんは重要なお仕事があるわけですよね。 たとえ偽者が2人居るとしても、簡単には隔離しない方が…」 「隔離…隔離ですって?まだそんな呑気な事を言ってる場合ですか!?」

メルが纏めようとすると、ルカが噛みつく。 半狂乱になりながら、ルカは叫んだ。

「ニッツさんが殺された今、殺さないと殺されるのよ!処刑でもしないと此方側が全滅させられるに決まってるじゃない!!」

処刑という重い言葉に、しんと静まり返る。 しかし、異を唱える者は居なかった。

「処刑って、誰を…?」

恐る恐るとアルトが声を出す。 占い師は処刑出来ない。そんな立場を踏まえてなら末恐ろしい子だと、他人事のようにクラフトは考えていた。

「いや、それよりも…僕は、僕たちは、誰を占えばいいの?」

青白い顔のままアルトが続ける。

「そうだな… 呪殺が出来たならそれは本物の占い師である何よりの証拠になる。つまり、占い先は被らない方がいい。 ここはある程度信用できる人間―――例えば大佐に決めてもらうのはどうだ?」

ダリオがゆっくり考えながら口にしたその提案は、沈黙を以て承認された。

「そうか、異論はないか。 なら占い師諸君と皆は占い希望を出してはくれまいか。 被らないように振り分けよう」

アレフがそう言うと、皆口々に占い希望を言い出す。 マズい、オレも何か言わないと占われてしまう―――

*・*・*

「…と言うわけで本日の会合は終了する。 皆、戸締まりに気を付けて、難しいとは思うが可能な限り休息を取るんだ。 大丈夫、数だけで言えば此方の方が多い。人狼などに負けるはずがない!」

アレフの号令に、皆が胸を撫で下ろす。 かく言うオレも、今日占われる可能性がなく終わったことに安堵していた。

結局、占い師達は其々に希望を述べた後に自宅に帰って占いをするということで纏まった。 占い師達の希望にも、皆の占い希望の中にも、オレの名は殆ど上がらなかった。 やはり落ち着いた場所でないと占いと言うものは出来ないのだろうかと、どこか他人事のように考える。

「狐さん、呪殺されたら苦しいのかな…」

昨夜と同じメンバーで帰路につくと、リーアがポツリと言った。 其に対してリヒターが和菓子を渡すと、少女の表情は少しだけ明るくなった。

「問題は何故偽者が2人も出てきたかってことだよね。 仮に狼の為に命を落としてもいいと狂人が考えてるとして、それで1人。 じゃあもう1人は何者なんだ…?」

誰に言うでもなく、アルトは思考を口にする。 少なくとも自称占い師の彼には、色々と見えるモノもあるのだろう。 その後も少人数の話し合いは続いたが、答えの出ないままそれぞれが家路についたのだった。

*・*・*・*・*

翌朝。 少なくとも前日よりは夢見が良かったが、やはりオレが狐であることには間違いないようだ。 と言うのも、昨夜と同じように夜中に目が覚めると、鏡に映っていたのは紛れもなく獣人だったからだ。

気は重いが、動かねばならない。 鉛のような身体を引き摺り家を出る。

「おはよう、ルーク。よく眠れたか?」

村の中でも兄貴分であるルークのパン屋は、人気スポットだ。 店に入ると同時に声を掛けるが、返事はない。 もう既に宿屋に向かったのだろうか?そんな考えが頭を過ったが、嗅覚がそれを否定した。

「…この臭いは…!?」

嗅ぎ慣れたとはいえ、明らかに"異常"であるその臭いは、クラフトの表情から余裕を奪った。 ダンダン、と母屋に続く戸を叩くが一向に返事はない。

「…クソッ!」

思わず足で戸を蹴ると、バキリと音を立てて扉は壊れた。

「無事でいてくれ…!」

祈るように呟きながらも、恐らくは既に手遅れなのだろう。 どこか冷静な頭でそう考えていると、

「…ルーク…」

パン屋ルークが、無惨な姿で発見された。

*・*・*

「そうか、今日はルークが…」

報告を受けた大佐は、消え入りそうな程小さな声で呟いた。

「クラフトもご苦労だった。埋葬までしてくれて、感謝に堪えない。 …皆、少し聞いてほしい話がある」

オレに労いの言葉を掛けてから、少し声のトーンを落としてアレフは言った。

「今朝起きたら、サンジとルカから手紙が来ていた。 サンジは旅人に戻り、 ルカは田舎へ引っ越すらしい。 皆も、もし身を引くのなら今のうちだ。…明日は我が身やも知れんからな」

最後の一言は自分へ向けたものだろうか。 それを聞いた皆は、一斉に顔を見合わせる。

「…でも、リーア、他に行く当てなんてないよ…」 「僕もだよ。それに、そんなことより占いの結果を聞いてはくれないか?」

淡々と喋るアルトを止める者はなく、彼は占い結果を言った。

「…花屋のメルさんは人間だ。疑ってすまなかった」 「はいっ、わ、私ですか? あ、でも人間だ…って言ってくれたってことは、アルトくんは偽者の占い師じゃないってことですね!良かった!」

「えっと、私の占い結果も言っていいですか? 男爵リヒターさんは人間でした」 「うむ、完全には信じられぬが…ありがたいでござる、マリ」

「……………」

他の2人の占い師が"白判定"をした中で、シスターのリンは沈黙を貫いていた。 沈黙が重苦しくなった頃、リンは口を開いた。

「…リーアさん、貴女は人狼ですね?」 「…えっ…?」

場が静まり返る。

「リンさん、何を言ってるの…?」 「…リーアさん、貴女の悪意の有無は解りかねます。しかし、村のためにどうか――」 「リーア狼じゃない!こんなの嘘だ!」 「お気持ちは解ります、ですが…」 「何も知らないくせに!解ったフリしないでよ、リンさんの馬鹿!」

そう言い残すと、リーアは宿屋から飛び出した。 一瞬だけ蔑むような目線を向けて、アルトが後を追う。

「…………」

この会合が始まって以来、最も長い沈黙が訪れる。

「…コホン。 リン、占い結果ではリーアが人狼だと?」 「はい、確かにヒトならざる者――人狼の姿でしたわ…」 「そうか。 …では、気は進まないが今日は"処刑"の話もしなければならないな」

処刑。 あまりにも生々しい言葉に、皆が目を伏せる。 誰も処刑なんかしたくない。しかし、しなければ殺される。

「拙者は、亡きニッツやルーク殿のために処刑もやむ無しと判断するでござる。 よって、今日は日暮れまでに"誰"を処刑するかを決めねばならんな」 「リヒター、自分が処刑される可能性が無いからって…」 「えっ、どうして…?」 「そりゃマリに"白判定"を貰ったからだよ。 マリが本物の占い師なら、村人確定なんだからさ」

リヒターの言葉を皮切りに、議論が加速していく。 適当に相槌を打つしか出来ないクラフトは、自分が処刑されないか冷や汗をかいていた。 しかし、議論は予想もしない終結へ向かう。

「いくら何でもリーアちゃんを処刑するのは…」 「じゃあ他に誰がいるんだ!?」 「ほら、非協力的なヒトとか…」

どくん、と心臓が高鳴る。 肉体労働派のクラフトは、こと議論に於いては役立たず。 自他共に認める無口無愛想が、こんな形で仇になるとは。 しかし、その言葉の矛先は別の人物を指していた。

「…ほら、今も居眠りしてる酒飲みさんとか…」 「ああ、オッドか…アイツは昔っからそうだもんなあ」 「でも、それだけで処刑って言うのは…」 「じゃあ他に誰がいるんだよ!?」

流石に本人が居る前では言いにくいのか、急に声のトーンが下がる。 議論が停滞したのを見計らって、アレフが声を上げる。

「…本来なら全会一致で決めるべきだろうが、流石にそうも言ってられない。 皆、紙を配るから処刑したい者の名を書き、投票してくれ。無記名で構わない。 リーアとアルトには後で投票してもらい、多数決にて本日の処刑を行う。 …いいな?」

実際に決を取ると、酒飲みのオッドやならず者のエルに票が多く集まった。

「なっ…オレに票を入れたのはどいつだ!?」 「そんな、確かに役には立ってないけど、そんなことって…」

花屋のメルがリーアとアルトから預かってきた投票用紙を合わせると、最多票は酒飲みオッドを指していた。

「……オッド。 すまないが、今日は君を"処刑"せねばならないようだ。 せめて望みのままに殺すのが慈悲だ。どんな最期がいい?」

当のオッドは茫然自失で、何の言葉も返せない。

「皆、処刑のことはこのアレフに一任していただきたい。 怪我をしているとはいえ軍人だ、汚れ仕事は任せてくれ。 これからの処刑、見たくないものは帰ってくれて構わない。 ただ、忘れないでほしい。これは皆で決めたことなのだと」

「…帰るわけないでしょ」

力強いアレフの言葉に異を唱えたのは、いつの間にか戻ってきたアルトだった。

「…確かにオッドさんは、人狼探しでは役に立たなかったかもしれない。 普段はお酒ばかり飲んでて、頼りないヒトだなって思う。 でも、でもさ。 僕やリーアと遊んでくれた。お酒が抜けてるときは真面目だった。 だから、最期まで見届けるのは、ここに居る村人全員の義務だよ」

僕は手を汚せないけど…と小さく呟くアルトの手を、リーアがそっと握る。 強い子だ。 明日死ぬかも解らない状況で、こんな台詞を言えるなんて。 アルトより少し年上のリーアも、意志は硬そうだ。

「…そうだな。 さあオッド、どんな最期がいい? オレも軍に居たことがある、なるべく楽に逝かせてやる」

その台詞は口下手なオレなりの、精一杯の死者への手向けだった。


to be continued...

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