狐の学者クラフトの話 壱
- crimson1117 & chome_17
- 2018年12月25日
- 読了時間: 9分
更新日:2018年12月26日
クラフトは、気が付いたら其処に居た。 「ヘル…?」 常に同行している上司の名を呼ぶが、返事はない。 返ってきたのは、静寂だけだった。
オレの名は、クラフト・エインズワース。 ある国でしがない傭兵をしている。 口下手で頑固なオレだが、最近気を許せる上司が出来た。
上司――否、相棒と呼ばないとチョップをかまずソイツの名は、ヘリムギア・セファート。 彼の紹介は、そう遅くないうちに出来るだろう。
気が付けば、身に付けていた衣服まで変わっているではないか。 薄暗い部屋の中で、一人思案する。 そういえば、何処か懐かしい雰囲気の部屋だ。
答の出ない問に時間を割くほど暇ではない。 気持ちの切り替えが早いクラフトは、外へ出た。 眩しい太陽に、牧歌的な町並み。
いや、町と言うよりかは村と言った方が正しいかもしれない。 見覚えのない道を歩いていくと、芳ばしい香りがしてきた。
パン屋『ルーク』 誘われるように店に入ると、少し背の低い筋肉質な男に話し掛けられた。
「らっしゃい!ってクラフトか、モーニングセットは終わっちまったよ」
日に焼けたその見覚えのない男は、馴れ馴れしく話し掛けてきた。 一見無害そうな男に、気を許す。
「ああ…適当にパンを貰えるか?と言っても金がないな…」
「何、財布でも忘れてきたってか?良いってことよ、ホラ持ってきな!」
相棒のヘル――ヘリムギアと何処か似た雰囲気の男は、何の警戒心もなくパンを手渡してきた。 自分と真逆な上司を思い出し、1人微笑んだ。
「…ありがとう。ご主人」
よそよそしく答えるクラフトに気を悪くした風でもなく、パン屋の主人は毎度!とだけ返事をした。
*・*・*
来た道を戻り、自分の家らしき建物で食欲を満たす。 ふわりと柔らかいパンの食感に、どこか安堵する。 いつもは五月蝿いほどにお節介な"相棒"が、少し懐かしくなった。
「…………。」
無口で無愛想。 それが自分の第一印象だ。 そうだと自他共に認めながらも、簡単に割り切れることではない。
「…まずは、情報を集めないと―――」
そう呟くクラフトだったが、迫り来る睡魔には抗えなかった。 此が全て夢ならいいのにと、余りにも現実味を帯びた"感触"と共に、眠りに落ちていった。
*・*・*・*・*
この地へ突然降り立ってから数日が経つが、状況は変わらない。
パン屋に通いながら集めた情報によると、 ・此処は都市部から590km離れた田舎の農村 ・村には全てで16人のヒトが居る らしい、とのこと。
実際、パン屋以外にも何人かと挨拶を交わしたが、人柄が良さそうな人物ばかりだった。
雑貨屋のマリ。花屋のメル。少女のリーアに少年のアルト。 中には、男爵や負傷兵やならず者に詩人など、様々な人種が集まっていた。
最近のクラフトは、図書館へ通っている。 情報集めの一貫だが、司書のカエデは大人しく、同じ空間にいても苦痛ではないからだ。
図書館へ通い詰める様子から、村人からは学者クラフトと呼ばれるようになってしまった。
元々は荒事担当だった自分が、不思議な縁もあるものだ―――と、現実に馴染もうとしといた矢先だった。
不穏な噂が流れてきたのは。
*・*・*
「人狼なんていないよ、寝てていい?」
楽天家ニッツの言葉を口切りに、会合が始まる。 16人の村人の中に、人狼なる化物が潜んでいるらしいのだ。
「まさか、人狼なんて居るわけがない」 と呟く旅人サンジに対して、 「もし本当に居たらどうするのですか!」 とヒステリックに叫ぶ羊飼いルカ。
まあまあ落ち着いて、とメルやルークが宥めるが、空気は重いままだ。
「皆、少し良いだろうか」
足を負傷した軍人、アレフ大佐が声を張る。
「実は、この村には人狼なる化物が3匹と、それに酔狂する人間が1人、そして狐と言う化物も潜んでいるらしい。 しかし安心してくれ、村人の中に能力を授かった者たちが居るはずだ。占い師に霊能者、そして狩人。 だから我々は力を合わせて、脅威へ立ち向かわなければならない。 その為に、難しいとは思うがなるべく冷静に、話し合いをしようではないか」
力の込ったその声に、場は静まり返る。 負傷兵と言えどさすがは軍人、といったところか。 上司のヘルも、こういった不思議な魅力を持ち、異性にも同性にも敵を作らない。不意に懐かしくなる。
「今夜はもう遅いです。皆さん思うところはあるでしょうが、今夜はもう帰って休みましょう」
花屋のメルが畳み掛けるように言うと、皆それぞれに動き出す。 クラフトは一言も言葉を発することがないまま、会合の地『宿屋ライアン』を後にした。
*・*・*
「…人狼なんて、お伽噺だと思ってました…」
ぽつり、とカエデが呟く。 ならず者のエル、男爵のリヒター、そしてルークにアルト、リーアと共に帰路についた時だった。
「そういった文献もあるのか?」 「はい、飽くまで作り話ですが…」
気を遣って話し掛けてはみるが、上手く続かない。 静寂が息苦しくなった頃、リヒターが口を開いた。
「拙者のポケットは魔法のポケット!」
は? ポカンとする周囲の目をよそに、両手一杯の和菓子を出した。
「腹が空いては何とやら。さ、菓子でも食べるでござる」
手品だろうか、思案している間にも
「これ俺の!」 「あ、こっちは僕の!」
賑やかな小競り合いが始まる。 微笑ましく眺めていると、リーアがお菓子を持ってきた。
「はいっ、これクラフトの分!」
ありがとうと会釈をすると、賑やかな輪の中に帰って行く。 そうだ、この中に如何なる化物がいても、悪意があるとは限らない。 そう思いながら口に入れたお菓子はただ甘く、これが夢ではないのだと主張していた。
*・*・*・*・*
その日の夜は、寝苦しかった。 夜の会合の気疲れもあるのだろうが、なかなか寝付けなかったのもある。 そして、いざ夢に落ちると、内容もよくない。
「クラフト、お前そんなとこで何してんだ?」
と蔑むようにヘリムギアには詰め寄られ、
「お兄ちゃん、早く助けに来てよ…」
探し求めている弟にはか細い声で擦り寄られ、
「……………」
言葉を発することの出来ない"なずな"には睨み付けられた。
夢を夢だと自覚することの出来ないまま、夜中に目を覚ますと、本当の悪夢が待っていた。
「…なんだ、この姿は…!?」
鏡に映した自分の姿に、驚愕する。 明らかにヒトではない。 なずなと同じ、獣人のような姿になっていたのだ。
此が噂の"人狼"なのだろうか。 しかしもうひとつの"耳"は、仲間の存在を認識できない。 と言うことは、俺が、狐――――…?
「…いや、まさか。此も夢だろう」
余りにもリアリティのある"感触"に我を失いかけるが、そうだ、きっと。 きっと、悪い夢でも見ているに違いない。
そう決め付けて布団へ潜り込むも、やはり寝付けない。 まさか、今頃誰かも同じように――いや、勝手に乗り込んで安眠を邪魔するのも悪い。 それに、ある程度武術に心構えがあるとはいえ、3匹の"人狼"に見つかってはなぶり殺されるのが目に見えている。 用心には用心を重ねないと――
そんな疑心暗鬼に包まれながらも、眠りに落ちていたらしい。 夜明けの鐘で目を覚ますと、会合の地『宿屋ライアン』へ足早に向かった。
*・*・*・*・*
「…そもそも、人狼や狐、占い師たちにはどんな能力があるんだい?」
寝不足なのが見て解る詩人ダリオが切り出した。 全員が揃ってないにも関わらず、会合は始まっていた。
「まず、人狼たちは毎夜1人ずつ村人を襲う。占い師には毎夜1人ずつ占う能力があり、占った相手が村人か人狼かが解るそうだ」 「えっと、後は霊能者と狩人ですが――」
アレフの回答をメルが引き継ぐ。
「霊能者さんは、その、亡くなった方が人狼か村人かが解って、狩人さんは毎夜1人だけ、人狼の襲撃から村人を守れるそうです」
亡くなった方も何も、人狼が襲うのだから全員が村人なのではないだろうか――― と、口にしようとしたその時。
「大変です!ニッツさんが、ニッツさんが!!」
ヒステリックな叫び声とともに、ルカが戸を開けた。 明らかに尋常でないその様子に、アレフがゆっくり問いただす。
「どうしたんだ、ルカ?」 「ああ、人狼は本当に居たんです!ニッツさんに朝の牛乳を配達しに行ったら、出てこないからドアを開けたんです、そしたら―――」
そこまで言うと、続きは話したくないと言わんばかりに俯いた。
「…兎に角、皆でニッツの家に行こう。それでいいな、ルカ?」
ガクガクと頷くルカを抱き抱えながら、アレフが場を取り仕切る。 嫌な予感しかないが、目を背けるわけにもいかない。 残りの者も、目配せをしてアレフの後に続いた。
*・*・*
仕事柄死体は見慣れているが、それでもニッツの死体は余りにも無惨だった。 アレフと共に亡骸を確認すると、家の外で待っていた者たちに向け首を振った。
騒ぎを聞きつけほぼ全員が集まったその人混みの中に、足りない者を思い出す。
「…ねえ、サンジさんは…?」
丁度同じことを考えていたのであろう、メルが口にする。 もともと旅人である彼の素性は不明だが、状況が状況なだけに心配せざるを得ない。 確か彼は宿屋に居た筈だ、と誰かが呟くと、皆一斉にその方角を見る。 死体になっているのではという不穏な想像からか、誰も動こうとはしない。
「そうだな、ニッツの埋葬は任せて様子を見てきてくれ。 ただ、1人だと不安だから…悪いが、クラフトも手伝ってはくれまいか?」
アレフに指名されては断れない。 気は進まなかったが、ああ、と小さく呟いた。
「…僕も手伝うよ」
小さくも強い意思を持ったその声は、アルトのものだった。
「だって、もし人狼が居るのなら此れから毎日死体を見ることになるんだろう? 手伝えることは少ないかも知れないけど…慣れていかなきゃね」
決して乗り気ではない証拠に、身体は小さく震えている。 リーアが心配そうに手を握るが、意思は硬いようだ。
「…よし、じゃあ男と女に別れて行動しよう。 アルト、クラフト、ダリオ、エル、オッド、リヒター、そしてルークはニッツの埋葬を手伝ってくれ。 メルにマリ、ルカ、リーア、カエデ、リンはサンジの安否確認を頼む。 終わったら『ライアン』で落ち合おう」
*・*・*
「だから私が占い師だと言っているでしょう!」 「アルトくんが嘘ついてるって言うの!?」 「でも、確かに占い師は1人しかいないと文献には…」
埋葬を終え、宿屋に帰ると女性陣が不穏な空気を醸し出していた。 アレフの姿を確認すると、皆口々に捲し立てる。
「聞いてよアレフさん、私が占い師なのにリンさんもアルトくんも占い師だって言うんです!おかしくないですか?」 「マリさん、嘘は身のためになりません、悔い改めなさい…」 「アルトくんごめんね、リーアにこっそり教えてくれたのに我慢出来なくなっちゃった…」
両手を上げて降参とばかりにアレフが後ろずさると、アルトがリーアに質問する。
「…で、僕が占い師なのに偽物が2人…いや、2匹出てきたってこと?」 「わかんない、わかんないけど…狐や狂人?の可能性もあって、リーア怖い…」
震える少女と宥める少年を見ていると、とても嘘には見えないが… 見えないが、彼らが"グル"の可能性も捨ててはいけない。 どこか冷静な自分に嫌気が差しながら、2人を見ていた。
to be continued...
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