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夜空を見上げる子狐の話

朱は、生まれた時から妖だった。

『妖狐』。 人々にはそう呼ばれ、恐れ崇められた。

朱は、家族以外の妖を知らない。 朱にとって妖と言うのは、幻獣であり、妖怪であり、憧れの存在であった。

そんな朱の元に、あるニンゲンが現れた。

*・*・*

「こんにちは。ジャックさんだよ」

そう言うと、うどんを啜り始める。

「ジャックさんはね、うどんしか食べられないんだ。キミと一緒だね」

食べられないのではなく供えられるだけだ、と言うと彼は笑った。 変な男だ。

「本を読むのは好きかな?」

頷くと、懐から一冊の本を取り出して言った。

「この本を、貸してあげよう。読み終わる頃にまた来るよ」

*・*・*

龍が登場するその本を読み終えると、ジャックは後ろに立っていた。

「どうだった? ジャックさんのお気に入りの物語なんだ」

驚いて固まっていると、彼は続けた。

「ごめんね、驚かせたかな? ジャックさんは占師なんだ。だからキミのこともお見通しだよ」

こうして、自称占師の胡散臭い男と幼い妖狐の縁は結ばれた。

*・*・*

その後もジャックは、続きを読み終えると現れては書物を貸してくれた。

口下手で引っ込み思案だった朱は、彼を通じて社交的になっていった。

物語を全て読み終える頃、2人は確かに『友達』になっていた。

「なぁ、ジャック」 「何かな」 「うち、この本好きや。もっかい最初から読みたい」

そう言うと、暫く思案した後こう言った。

「なら、あげるよ」 「え?」 「朱は大切な『友達』だ。だから、この本はプレゼントする」 「ええの?」 「ええよ」

嬉しそうに跳ね回る朱を見るジャックの視線は、何処か悲しそうだった。 しかし、朱がそれに気付くことはなかった。

*・*・*・*・*

ジャックが死んだ。 そう聞いたときの朱は、酷く落ち込んだ。 鬱いで物も喉を通らず、明るい性格は影を潜めた。

「うち、どないしたらいい?」

答えのない問を繰り返しては、独り泣いていた。 伝え聞いた話によると、彼は信用できると話し掛けた村人の手によって殺されたらしい。

「そんな話ってあるかいな…」

朱は、泣いた。 朱は、悩んだ。 何をすればいいか。何を信じればいいか。ひたすら考えた。 そして涙の後が乾いた頃、朱は大きな決心をしていた。

「うち、占師になる。星詠みになって、ジャックの跡を継ぐわ」

*・*・*

"星詠み"を名乗るようになってから、苦労もあった。 しかし、持ち前の根性と明るさで全て跳ね退けていった。

そんな冬のある日、ある村の村長から手紙が届く。

「妖集会を開くので、いらっしゃいませんか。炬燵を用意してお待ちしてます」

二つ返事でOKを出すと、急ぎ足で村へ向かった。

*・*・*・*・*

村に着くと、本で夢見た妖たちが待っていた。 憧れの龍もいた。 無口な者もいたが皆あたたかく、幸せだった。

村の長――キクヒメが無惨な姿で発見されるまでは。

妖には死後の世界と通じる者も多いからか、動揺は少なかった。 しかし1人、また1人と村人が減るほどに、空気は重く張り詰めていく。

そんな中、会合が始まってから3日目――その事件は起きた。

*・*・*

テマリ。村で最も仲良くなった雨童女の名だ。 彼女が無惨な姿で発見されたのだ。

しかし、朱は泣かなかった。 それまでの絆が、朱を成長させたからだ。

その後も様々な困難が村を襲ったが、朱は弱音を吐かなかった。

しかし、更なる悲劇が朱を襲う。モクレン――相方の泉水と共に旅をする妖が2度死んだのだ。

朱の涙腺は限界を迎え、泣き叫ぶ。

「絶対にうちが助けたる…!」

*・*・*

それからの朱は、駆け回った。 野を駆け山を駆け、走り回った。

そして夜顔が蕾を開く頃――モクレンが目を開いた。

それからは皆、笑顔だった。 旅人も皆で、笑い合った。

幸せに包まれながら、朱の村での生活は終わりを迎えた。

.fin.


この話を描くにあたってこの村の皆様のお世話になりました。

ありがとうございました。


オマケ 朱とテマリ

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