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ヒカルと唯の物語

ぼくは一生を掛けて、キミと向かい合わなければならない。 今、隣に居ないキミに捧げる。

物心が付いたときから隣にいた。 この世界に生まれた時間に違いがあっただけのキョウダイ。

ぼくより身体が弱かったキミは、常に母の愛を受けていた。 キミより丈夫に生まれたぼくには、それが羨ましかった。

喘息のあったキミが、アトピーのあったキミが、アレルギーのあったキミが、羨ましかった。 羨んではならない事だと、理解しながら。 父の見守りを受けて育ったぼくは、寂しかったのかもしれない。

キミは、ぼくの真逆に育ったと思う。 男勝りで勝ち気なぼくと、女々しくて"女子力の高い"キミ。 それは元々の個性だったのかも知れないし、周囲の期待に応えようと各々が努力した結果かもしれない。 ただ、少なくとも幼少期は、傍目に似てるキョウダイとは見えなかっただろうと思う。

学校に通うようになると、色々な事が変化していった。 キミの方が、頭が良くて、先生にモテて、優等生だった。 ぼくの方は、運動と落書きが好きな子供だった。

それを羨むようになったのは、定期テストの順位が出るようになってから。 小さい頃は見下ろしてたぼくが、見上げるくらいにキミが大きく育ってから。 キミの結果もぼくの結果も、努力の結果なのに、その差を受け入れられなくなった。 キミが天才ではないことを良く知ってるからこそ、不安になっていった。

ぼくは、絵を描き続けた。 そう言えば思い返すと、キミと一緒の時間と空間で絵を描いたことは、なかったかもしれない。

ぼくは、キミのことを自慢した。 家のことも、包み隠さず周りに話した。 それがぼくなりのアイデンティティの保ち方だった。

キミは、ぼくと真逆だった。 そんなキミのことが、ぼくは大好きだった。 どんなに羨んでも、自慢したくて仕方のない可愛いキョウダイだった。 たった一人の、唯だった。

ぼくの方が、先に家を出た。 キミの方が、遠くに家出した。 ぼくらは共に出家した。 それだけの違い。

ぼくはキミの幻を見た。 誰も信じてくれないが、紛れもなくキミの姿をした幻だった。 昔の蒼いデミオに乗った、少しやつれて髪の長いキミは、我が家の車庫から、運転に慣れた様子で、出ていった。 誰も信じてくれないが。"彼"は、"ぼく"にとっての"キミ"だった。 唯一、視覚情報と外的情報が一致してないのがこの件だ。 キミは家に居ないのだと、ぼくに隠れて帰ってきてなど居ないのだと、ぼくを驚かせようと、サプライズプレゼントしてくれるヒトなど居ないのだと、何度父母に訪ねても、どんなに可愛い子供を演じても、納得できなかった。

だからきっと、唯のゲンカクなんだと、今は脳が処理している。 もしキミが帰って来てるなら、家族揃って一緒に晩御飯を食べる筈だから。 それが我が家の、絶対の掟と言える、唯の存在よりも確かなルールだから。

因みに、予知的な意味で時系列が一致してない情報も1つだけあるが、これは秘密。 今度会ったら教えてあげる。だから、忙しいだろうけど、いつか必ず帰ってきてね。

それほどまでに、キミが隣に居ない現実を受け入れられなかったことには、理由がある。 少なくとも父と母が直接の原因ではないのだが、ぼくはイキグルシカッタ。

息が苦しくて、酸素すら拒否して、音を消して物陰に隠れ、食事を丸飲みする日々。 恵まれているのは解ってる。ただ、頭で解っても、こころから安心できる居場所ではなかった。

こんな言い方をしたら、苛めや虐待を想像するかもしれないが、そんな事がアリエナイのは、キミもよく解ってると思う。

親は悪くない。 ぼくのすべてが悪いんだと。 そう決めつけて、呼吸だけしてた。

今のぼくは違うけれど。

だから、キミは安心して夢をみてて欲しい。 キミが戻る場所はあるから。 ぼくを支えてくれるヒトも居るから。

まあ、キミの事だから、言わなくても解ってるんだろうけど。

唯に送る、唯だけに送る、ヒカルの物語。

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